先日、インプラント治療で患者さんから治療費を騙し取る詐欺で、千葉県の歯科医院の院長が逮捕されたという事件が報道されました。
今回は、その事件に触れつつ、詐欺への対処法、受診のポイントについてお話したいと思います。
どんな手口なのか
今回の事件について、どんな手口だったのか、報道されている内容をまとめてみましょう。
とある患者さんは、「歯の治療の資料を学会で使わせてほしい」「この資料を使わせてもらった人に、メーカーから治療費が全額戻ってくる」という内容を院長に持ち掛けられ、メーカーに支払うとして、200 万円を院長に渡したそうです。
しかし、一向に治療は進まず、支払ったお金も全く返ってこない、といった事態になってしまいました。
また、理由であった学会も、開かれていなかったようです。
どうして騙されてしまったのか
文字だけでは、「こんなのに引っ掛からないよ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、医療の現場というのは、患者さんにとっては少々特殊な場所です。
なぜ、多くの患者さんが被害者となってしまったのか。
鍵となるのは、「口の中の不安」と「医師への信頼」です。
インプラント治療を受けようとする患者さんの多くは、歯を失うことへの不安や恥ずかしさ、日常生活への支障といった切実な悩みを抱えています。
そこに提示されるのが、「永続的な解決」としてのインプラント。
しかも「治療費が返ってくる仕組みがある」と言われれば、高額な治療費に対する心理的なハードルは一気に下がるでしょう。
「後から返ってくるなら…」という思考が生まれ、「安全な賭け」として認識されてしまうのです。
この事件では、契約書や説明資料といった「それらしい書面」も用意されていたようです。
書面の存在は、信用を生みます。
そして、医師の肩書と診療室という環境が加われば、疑うという発想自体が薄れてしまいます。
また、医師による親身な対応も、被害者の警戒心を和らげた要因だと思われます。
治療計画を丁寧に語り、不安に共感し、決断を後押しするような態度は、患者に「この人なら大丈夫」という錯覚を与えます。
「あなただけに案内している」「今だけの制度」といった言葉が加われば、それはもはや「特別な信頼関係」のような錯覚も生むでしょう。
加えて、人は一度大きなお金を支払ってしまうと、「やっぱりやめる」とは言い出しにくくなります。
「サンクコスト効果」と呼ばれる心理傾向ですが、コストを掛けてしまったことを惜しく感じ、これから損をするかもと思っても、現状を変えずにいてしまう、またはさらにコストを掛けてしまう心理を指します。
被害者の中には、治療が進まないことに不審を抱きながらも、「ここまで来たのだから」と、「待つ」選択をしてしまったケースもあるのでは無いかと思います。
このように、今回の事件は、「お金の問題」ではなく「信頼の問題」であったとも言えます。
人は、自分の弱さを理解し、共感してくれる存在を信じたい生き物です。
そして医師というのは、その信頼を最も獲得しやすい立場の一つです。
だからこそ、その信頼を裏切る詐欺は非常に悪質であり、深い傷を残すことになります。
対処法はあるの?
詐欺に遭わないために大切なのは、たった2つです。
【1】一人で決めないこと
治療の話は、できるだけ誰かに相談しましょう。
家族でも、友人でも、「ちょっと聞いてくれる?」と話すだけで、冷静になれることがあります。
「本当にそんな制度あるの?」とツッコんでくれる人がいるだけで、気づけることがあります。
——しかし、今回の事件においては、家族で相談して、治療費の支払いを決めた被害者の方もいらっしゃいました。
そのため、次の項目も大切になります。
【2】セカンドオピニオンを取ること
1つの歯科医院だけで決めず、別の医院にも相談してみてください。
治療の考え方や費用が全然違うことは、実はよくあることです。
「歯を抜くかどうか」1つ取っても、抜歯を勧める先生がいたり、できるだけ残す治療を提案する先生もいます。
何となく、歯を残す方が良いイメージがあるかもしれませんが、残すことで他の歯にまで悪影響を及ぼすパターンも多く、「なぜその処置が必要なのか」の説明をしっかり聞くことが大切です。
「信じる」ことと「確認する」ことは別です。
「確認」は、相手を疑うことではなく、自分を守るための習慣です。
自分の健康に関することであれば、どうしても不安になりやすいもの。
だからこそ、焦って決めず、ひとりで抱え込まない。
しっかり理由を理解して、納得して、依頼する。
その小さな行動が、大きなトラブルを防いでくれます。
最後に
どんなに信頼できそうな人でも、どんなに丁寧な説明でも、「おかしいな」と感じる違和感は、心の中にある大切なサインです。
医療は、専門的で分かりにくいからこそ、私たちはつい「お任せします」と言ってしまいがち。
しかし、本当に必要なのは、「納得して選ぶこと」です。
大きなお金が動く場面や、自身の健康に関する判断をするときこそ、冷静さが大切です。
「別の意見も聞いてみよう」「一晩考えてみよう」。
このひと手間が、自分の未来を守る力になります。
信じることと、疑うことは両立できます。
誰かに相談してもいい。納得できるまで質問してもいい。
医療を「受ける側」として、守るべき権利と選択肢が、私たちにはあります。
焦らず、立ち止まって、選びましょう。
あなたの体は、あなた自身が一番大切にしていいのです